『ユダヤ人の頭のなか』
『ユダヤ人の頭のなか』
昔、ユダヤ人の女性物理学者とお話したことありますが、謙虚な感じというかアメリカ人とは思えないほど話しやすかった記憶があります。
それ以来ユダヤ人は頭が良いし付き合いやすい人たちかもしれないと思うようになりました。確か『人間性心理学』の生みの親であるマズローもユダヤ人だったと思います。
この「人間性」ということ、つまり「人間らしさ」ということもユダヤ人の考え方だったのですね。
人間が生まれてきた以上追求していかざるをえないものはまさに人間らしさということです。これは結構判りそうで解らない事です。その過程で「自己実現」ということもあるのでしょう。
ユダヤ・ジョークは日本人には判りにくいし、皮肉っぽい感じがします。戦略的な語り方というか、価値観の拡散を狙った問題の多義化をしているのだろうとも受け取ることができるかもしれません。禅問答にも似ているところがあります。
日本人への比較批判として、マジョリティー意識について書いているところは海外赴任するようなエグゼクティブの仕事の基盤が強固に日本国内にあることを理解していないように思います。彼らは帰国してそこそこ出世する見込みがあるために、そうした権威的・排他的な態度を取らざるを得ないのです。帰国しないことが前提の海外赴任なら、日本人でももっと現地に馴染もうとしますし、子弟も海外でできるだけ良い教育を受けさせようとすることでしょう。
この本で指摘されている通り、日本人のマジョリティー意識というのは実はローカリティ(郷土意識)中心の価値観が根強いことを意味しています。日本人のマイノリティーというのは、その裏返しであって、必ずしも海外からの引揚者や在日朝鮮人、外国人のことばかりではないのです。その土地で三代以上暮らしていない人たちというのはその土地では外人なのです。それは神社の氏子にはなれませんし(ならないと神輿を担がせてもらえません)、村長になることもできないといことです。そうしたことが人口の移動が大きい地域では成り立ち難いと思われるかも知れませんが、例えば大都会の東京などでも三代以上都内で暮らしているというのは自慢になることなのです。簡単に云ってしまえば、日本人のお国自慢というのは民族意識の原点のようなものです。これがマジョリティー意識の本質だろうと思います。
日本国内の状況を見ても、マイノリティーというのは多かれ少なかれこの本で書かれているようなユダヤ人的思考ができないと生きていけません。日本人マイノリティーである私は、この本を読んで目から鱗が落ちる思いがしました。まだまだユダヤ人特有の論理展開は良く理解できないところがありますが、今後も勉強してゆきたいと思いました。







日本人のローカリティーっていうのが三代同じ土地に住むって言うことが前提だっていうことは、たとえ出身が外国でも、人種が違っていても、三世代日本に住んでいれば日本人だという考えに成りますね。本当?
Posted by: エコエコどんべい | January 04, 2005 at 09:55 AM
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Posted by: crefeSeftGext | March 07, 2009 at 04:48 PM